9月8日(日)聖日礼拝

「聖 書」

わたしの心であるオネシモを、あなたのもとに送り帰します。本当は、わたしのもとに引き止めて、福音のゆえに監禁されている間、あなたの代わりに仕えてもらってもよいと思ったのですが、あなたの承諾なしには何もしたくありません。それは、あなたのせっかくの善い行いが、強いられたかたちでなく、自発的になされるようにと思うからです。恐らく彼がしばらくあなたのもとから引き離されていたのは、あなたが彼をいつまでも自分のもとに置くためであったかもしれません。その場合、もはや奴隷としてではなく、奴隷以上の者、つまり愛する兄弟としてです。オネシモは特にわたしにとってそうですが、あなたにとってはなおさらのこと、一人の人間としても、主を信じる者としても、愛する兄弟であるはずです。

(フィレモンへの手紙 9~17節)

説 教 「愛する兄弟」

フィレモン書は新約聖書の中で異彩を放っている。他の書がキリストの福音を「公」に語っているのに対して、本書は、フィレモンという「私」宛てに差し出したパウロの手紙という体裁を見て取れる。それが事実だとするならば何故「私信」が聖書の正典化に採用されたのだろうか。本日は、そのところも鑑みながら説き明かしをしていきます。本書の定説となっているのは、奴隷の主人に対して、パウロの奴隷に対する「許しの執り成しの手紙」という解釈である。しかし、この定説では聖書の正典化に組み込まれた説明に弱さが感じられる。この弱さを補完する新説を、ユニオン神学校教授であったジョン・ノックスが提起した。現在もこの考え方は命脈を保っている。私は、この新説を支持しながら、本日の御言葉の解き明かしに当たりたいと思います。本書のフィレモンはコロサイの教会の有力信徒であり、自分の家を開放していた「家の教会」の主であった。その家にて不正を働いた奴隷オネシモがいた。彼は不正を働くとともに家から逃亡をした。しかし逃亡奴隷の罪は重く、官憲に捕らえられれば重罪が待っている。彼はエフェソの教会に逃げ込んだ。そこにいたのがパウロの盟友であるエパフラスであった。エパフラスはオネシモの話を聞き、世話をすることにした。理由はオネシモの主人がコロサイの教会の信徒であり、エパフラスの知り合いでもあったからだ。時にエフェソではパウロが捕縛の状態であった。エパフラスはパウロを面会をし、彼の世話をした。そのところにオネシモも同行した。オネシモもパウロの世話をするうちに、パウロの人格や福音に触れ、キリスト者になった。オネシモとパウロは信仰を通して、深い関係性「愛する兄弟」となった。パウロは、常にオネシモを近くに置き、自分の世話をしてもらいたいと願った。そこで正式にオネシモの主人に許しを願ったのが本日の手紙である。ではやはり「私信」ではないかとなるが、これは後日談が関係している。パウロの亡き後、パウロの書簡がエフェソでまとめ上げられていき、聖書化されていった。その時の編集の責任者がエフェソの監督であったオネシモである。パウロの書いた手紙はフィレモンの心を動かし、フィレモンはオネシモをパウロのところに送った。そしてオネシモは、その後、エフェソの監督になるまでの豊かな信仰者となった。過ちを犯した奴隷を愛し、青年の生涯を変えたパウロ。そして一人の奴隷に、このような生涯を与えた神の恩恵と力の偉大さ。フィレモン書は、その「神の御旨」をよく伝える書なのである。