1月5日(日)聖日礼拝

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「聖 書」

王の名がとこしえに続き、太陽のある限り、その名が栄えますように。国々の民は皆、彼によって祝福を受け、彼を幸いな人と呼びますように。主なる神をたたえよ。イスラエルの神、ただひとり驚くべき御業を行う方を。栄光に輝く御名をとこしえにたたえよ。栄光は全地を満たす。アーメン、アーメン。

(詩編 72編1~19節)

説 教 「御名をとこしえにたたえよ」

主の年、2020年を迎えました。皆様に主の祝福が豊かにありますようにお祈り致します。今年の「教会標語」は、「栄光に輝く御名をとこしえにたたえよ。栄光は全地を満たす。アーメン、アーメン。」(詩編72編19節)にしました。この詩編には「ソロモンの詩」と記されていますが、原文は(リシェローモー)であり、意訳するならば、「ソロモンより勝った真の王なるメシアをたたえよ」です。つまり「(王なる)メシア預言」の賛歌です。これは私の一つの解釈でもありますが、巻末に「エッサイの子ダビデの祈りの終わり」とあることから、「ダビデ契約」の預言の成就を語ったものではないかと解せます。また、子に対する「遺言」であったかもしれません。何れにせよ、ダビデの本意は自分の生涯の「神への感謝の賛歌」であったでしょう。詩編は現代のゴスペルです。私共も又、ダビデに連なる信仰者として、この一年を「主への賛歌」を通して歩んでまいりたいと願います。本日は「公現日」(エピファニー)です。東方の三博士の来訪が礼拝にて読まれます。この語る意味は、「異邦人に対する主の顕現を祝う日」であるところから来ています。私共も又、「異邦人」です。真の神を知らずに生きてきた民です。しかし今は、「主の年」を喜び迎える民として生きています。この一年、「主を讃美し、喜ぶ」を目標に歩みを進めていきたいという願いを込めて、一年の「教会標語」を定めました。この歩みは先週お語りした「新しい人を着る」と同じ意味です。どうぞ、主に連なる教友の皆様が、新年に「新しい人」を目指し、歩みを進められますようにと祝福の祈りを捧げます。この「新しい人」は「愛の共同体」にもつながる命の生き方です。私共の前には高橋文蔵先生が歩んでおられますが、高橋先生こそ教会の「愛の共同体」を生涯目指して歩まれた方です。私共は高橋先生になることを目標にするのではありません。高橋先生に「倣う」ことを目標にするのです。その「倣う」こととは、「真の礼拝者」となるということです。本日の御言葉の72編15節は、「マタイ書2章(東方の博士たちの礼拝)の原型」と言われます。「真の礼拝者」になること、「真の礼拝者」とされるということは、高橋先生の姿に倣い、東方の博士たちの姿に倣い、主の御姿に倣うということに他なりません。この一年、メシアなるキリストを仰ぎ、「真の王」であるメシアを仰ぎ、真の神をたたえる時に、「栄光は全地を満たす」世界を目にすることができるでしょう。私共は「真の礼拝者」の祝福を歩んでまいりましょう。