1月4日(日)顕現日礼拝

「聖 書」

彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。学者たちはその星を見て喜びにあふれた。家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。

ところが、「ヘロデのところへ帰るな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。

(マタイによる福音書 2章1~12節)

説 教「宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた」

新年の皆様の祝福をお祈りいたします。2026年の「教会標語」をお伝えします。「学者たちはその星を見て喜びにあふれた。家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。」(マタイ2章10,11節)私は何度も「公現日」の、この御言葉を解き明かしてまいりました。しかし今年ほど、御言葉が迫る体験をしたことはありません。それは昨年から申し上げて来た松原先生のお証しに胸に迫るものがあったからだと思います。昨年、前任教会の兄弟たちと忘年会を致しました。この松原先生の記事を紹介しました。一人の兄弟が解決案かは分からないが正論しかないと思うと言われました。「あなたを愛している」ことを伝え、愛し続けること。自分を肯定する心(愛)を育むことしかないと思う。と言われたのです。私は教師時代の傲慢な時の「偽善」を思い出し、子どもを愛する気持ちを思い起こしました。私が、20歳の親と子を偽善なく愛する心があれば希望の一つは芽生えます。「まことの愛」が大切なのです。これは礼拝の心も同じです。礼拝は儀礼や偽善では意味は成しません。「礼拝する心」が大切なのです。私は彼らに牧師になって変わったことを伝えました。財産を失って良かったと言いました。やっと、「神様の前に跪くこと」ができるようになったと語りました。自分の主権を神に明け渡し、神に跪き、神に聴く人生の祝福を得たと報告しました。信徒や人々のために祈り、祝福と救いを願う祈りを捧げ、牧師の幸福を得たと語ったのです。兄弟たちは安心してくれました。2025年は、「霊の命を知る」ことが目的でした。2026年は、「霊の祝福を生きる」ことが目標です。東方の学者たちは「ヘロデのところへ帰るな」の御告げに従い、「別の道」を通って、「自分たちの国へ」帰りました。「ヘロデのところ」は「世」のことです。「別の道」は「神の道」のことです。「自分たちの国」は「宣教の地(御国)」です。私達は「まことの礼拝者」を目指しましょう。学者たちは、神の言葉を調べ、信仰を得、命がけで「メシアに出会う」旅に出かけたのです。彼らは「宝の箱」を用意しました。メシアが必要とする贈り物を用意しました。私達も今年一年を御言葉と共に歩み、「宝の箱」に「贈り物」を用意しましょう。この道は学者たちのように「御言葉に聴き」、「まことの礼拝者」として、神に従いゆく「ひれ伏す」(プロスクネオー)人生を歩むことでしか手に入らない宝を得る道です。神の宝を得た者は「クリスマスの心」を一年中灯し続けます。